大野牧・大野庄(読み)おおののまき・おおののしよう

日本歴史地名大系 「大野牧・大野庄」の解説

大野牧・大野庄
おおののまき・おおののしよう

「延喜式」にある勅旨牧で、現波田上波田かみはた・下波田から山形村唐沢からさわ南安曇みなみあずみ郡安曇村にかけての一帯の地と考えられ、牧場の中心は上波田の地とみられている。この地域は鉢盛はちもり(二四四六メートル)から北へ延びた支脈の東面した緩い傾斜地である。

明治九年(一八七六)の「東筑摩郡村誌」は「牧場、古昔ハ群馬栄くるまさかノ牧、三ツ岩ノ牧、兎渕ノ牧等有之、今ハ耕地宅地トナル」と、牧場の伝承を伝えている。大野牧の地が大野庄と地域が重複していることは貞観寺田地目録帳に「信濃国荘一所、大野荘地百二町二段、在筑摩郡、熟田十町三段百五十六歩、未開八十町六段百五十歩、荒土町二段五十歩」とあることによってわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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