大隆寺跡(読み)だいりゆうじあと

日本歴史地名大系 「大隆寺跡」の解説

大隆寺跡
だいりゆうじあと

[現在地名]大野町小衣斐 折口

小衣斐こえびにある白鳳期の創建と考えられる寺院跡。寺域周辺に整然とした条里遺構遺存し、また水田中に塔心礎および礎石が露出していたが、昭和四三年(一九六八)の工場建設に伴いほぼ完全に破壊された。遺構は約二〇メートルの距離をおいて二個の礎石があり、両礎石とも柱座を掘りくぼませている。ともに心礎の可能性が高く、東西両塔の伽藍配置が想定されるが、他の遺構についてはまったく不明である。出土遺物の瓦類には軒丸瓦軒平瓦先瓦があり、軒丸瓦は複弁八弁鋸歯文縁軒丸瓦で川原寺式のもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む