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大鹿窪遺跡

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

大鹿窪遺跡

芝川町柚野地区で進められた圃場整備の計画地から、地表を深く掘り込んで作られた竪穴式住居跡や定住が始まった可能性を示す遺構、約3万点の遺物が続出。約1万3千年前の縄文時代草創期の国内最古級の定住集落跡として全国的に注目される。当初「窪A遺跡」と名付けられたが、「将来に向けたふさわしい名を」と大字名の「大鹿窪」に変更した。保存を巡っては県、県教委、町、地権者31人の思惑が絡み難航。面積も二転三転し、7千平方メートルに落ち着いた。06年夏の調査で遺跡の北1・5キロの猫沢遺跡から、大鹿窪遺跡で出土した敲(たたき)石と磨(す)り石を合わせた機能を持つ石器などが見つかった。周辺で縄文草創期の遺構、遺物がまとまって出土する可能性が出ている。

(2006-09-14 朝日新聞 朝刊 静岡 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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国指定史跡ガイドの解説

おおしかくぼいせき【大鹿窪遺跡】


静岡県富士宮市大鹿窪にある集落跡。富士山の西麓、羽鮒(はぶな)丘陵の緩斜面に位置する縄文時代草創期の集落跡である。羽鮒丘陵は新富士火山の泥岩流によって形成された溶岩台地で、遺跡からはこの時期のものとして国内最多となる14基の竪穴(たてあな)住居が確認された。外周には柱穴がめぐり、床面中央には炉と考えられる掘り込みがあった。これらの竪穴住居は広場と推定される場所を中心に、半円形に計画的に配置されており、出土遺物は縄文土器と石器を中心に2万6000点におよぶ。おもな土器は縄でつけた文様のある押圧系や隆起線文系、爪形文系などの草創期のもので、出土石器には弓矢の先につける石鏃(せきぞく)、尖頭器などの狩猟具や、採集した木の実などを磨りつぶす道具として石皿や磨石(すりいし)、敲石(たたきいし)などがあり、草創期を特徴づける矢柄研磨器も出土した。これらの道具は、移動する生活には重くて持ち運びに不便であることから、ある期間定住したと考えられている。竪穴住居によって構成される集落跡としては最古段階の遺跡で、これまで縄文文化成立期における居住の痕跡は、洞窟や岩陰遺跡が注目されたが、開地遺跡の集落構造のあり方を知ることのできる稀少な例であることから、2008年(平成20)に国の史跡に指定された。JR身延(みのぶ)線富士宮駅から車で約15分。

出典|講談社
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