天沼恒庵(読み)あまぬま こうあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「天沼恒庵」の解説

天沼恒庵 あまぬま-こうあん

1744*-1794 江戸時代中期の儒者
寛保(かんぽう)3年12月12日生まれ。書を伊藤華岡(かこう)に,経学を三浦瓶山(へいざん)に,詩を宮瀬竜門にまなぶ。宝暦13年華岡の養子となり,幕府徒組(かちぐみ)にはいる。まもなく辞職して武蔵(むさし)川越(埼玉県)で塾をひらく。寛政6年死去。52歳。文化7年(1810)68歳で死去とも。江戸出身。姓は一時伊藤。名は有美,爵。字(あざな)は子済,履仁,楽善通称は千蔵。著作に「大東紀略」「論語説約」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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