天野喜四郎(読み)あまの きしろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「天野喜四郎」の解説

天野喜四郎 あまの-きしろう

?-1757* 江戸時代中期の塩田開拓者。
享保(きょうほう)8年(1723)伊予(いよ)(愛媛県)黒島村の村役らにまねかれ,西条藩の許可をえて多喜浜塩田をひらく。その功により永世庄屋元締役,薪塩の問屋となる。その業は子孫にうけつがれ,6代目で240haの塩田が完成した。宝暦6年12月29日死去。備後(びんご)(広島県)出身。名は元明。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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