太田翠陰(読み)おおた すいいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田翠陰」の解説

太田翠陰 おおた-すいいん

1676-1754 江戸時代中期の儒者
延宝4年8月23日生まれ。元禄(げんろく)7年から江戸で林鳳岡にまなび,荻生徂徠(おぎゅう-そらい)と親交をもった。16年出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩主佐竹義処(よしずみ)にまねかれ,歴代藩主につかえた。宝暦4年2月16日死去。79歳。名は重厚,のち成章。字(あざな)は士達。通称は彦八郎,正五郎,治太夫など。著作に「群玉宝鑑」など。

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367日誕生日大事典 「太田翠陰」の解説

太田翠陰 (おおたすいいん)

生年月日:1676年8月23日
江戸時代中期の儒者
1754年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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