奥之池村(読み)おくのいけむら

日本歴史地名大系 「奥之池村」の解説

奥之池村
おくのいけむら

[現在地名]日野町奥之池

佐久良(さくら)村の北東、四方を丘陵に囲まれた山間にある。小字の二(に)ノ切(きり)は古代条里の遺称とされる。永正年間(一五〇四―二一)には「奥之池 吉見 多か 宝寿坊 後三条 磯」などが、日野牧五ヵ寺の一で中世の有力真宗寺院であった西大路興教(にしおおじこうきよう)寺の門徒となっているが(「興教寺門徒末寺之次第」興教寺文書)、歯黒一族を中心に辻元(つじもと)道場と称する真宗道場が長く続き、真宗門徒の原初形態といわれる近江番方講の一講として本願寺直参門徒集団を形成(蒲生郡志)、本願寺八世蓮如が当地に隠棲したという伝承もある。元和三年(一六一七)彦根藩領となり、文久二年(一八六二)上知となる。寛永石高帳では高三六四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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