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奥劣斎 おくれっさい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奥劣斎
おくれっさい

[生]安永9(1780)
[没]天保6(1835)
江戸時代後期の産科医山脇東門内科を,賀川子啓産科を学ぶ。婦人生殖器の解剖をよく行い,それに基づいて賀川流産術を改良し,発展させた。『女科随剳』などの著書がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

奥劣斎 おく-れっさい

1780-1835 江戸時代後期の医師。
安永9年5月28日生まれ。産科を賀川玄悦の門にまなぶ。漢方・蘭方に通じて産科の医術にすぐれ,尿閉カテーテルをつかって治療した。法眼。天保(てんぽう)6年9月4日死去。56歳。京都出身。名は之基。字(あざな)は子譲。通称は道逸。著作に「産科手術秘録」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

奥劣斎

没年:天保6.9.4(1835.10.25)
生年:安永9.5.28(1780.6.30)
江戸後期の産科医。姓は源,名は之基,字は子譲,劣斎は号,通称は道逸。山城国(京都府)八幡生まれ。父道栄は内科医。京都に出て山脇東門に内科を学び,3代賀川玄悦に産科を学んだ。文政7(1824)年法橋,文政12年准三后の産後尿閉をカテーテルで治した功により法眼に叙せられた。名声を慕い,門人は1000人に達したという。劣斎の発明のうち,発啼術(新生児蘇生法),双全術(足位回転術)が有名である。『産論校註』『達生園産科外術秘録』などの著書があり,ガレノス,ヒポクラテスらを引用し,漢蘭折衷派とされる。嫡男の之紀が,劣斎を継ぐ。<参考文献>緒方正清『日本産科学史』

(石原力)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

奥劣斎 (おくれっさい)

生年月日:1780年5月28日
江戸時代後期の産科医
1835年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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