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山脇東門 やまわき とうもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山脇東門 やまわき-とうもん

1736-1782 江戸時代中期の医師。
元文元年8月18日生まれ。山脇東洋の次男。父の命で越前(福井県)の奥村良竹に吐方をまなぶ。宝暦12年家をつぎ,のち法眼。明和8年女性の死体を解剖し,図譜「玉砕臓図」をつくった。天明2年7月29日死去。47歳。京都出身。名は陶。字(あざな)は大鋳。通称は道作,玄侃。別号に方学居士。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山脇東門

没年:天明2.7.29(1782.9.6)
生年:元文1.8.18(1736.9.22)
江戸中期の医者。名は陶,字は大鋳,通称玄侃,東門は号,また方学居士。父東洋の第2子として京都に生まれた。17歳のとき父の命で永富独嘯庵 と共に越前に赴き,奥村良竹 に吐方の術を学んだ。宝暦12(1762)年,父の死にともない家督を継ぐ。明和3(1766)年法眼に叙位。同8年には女子屍体を解視して解剖図譜『玉砕臓図』を作製。のちにも数体の解剖を行い,その重要性を説いた。また吉雄耕牛からは刺絡(瀉血療法)の教えを受け,同療法の啓蒙にも力を注ぎ,かつ古方,後世方のいずれにも偏しない臨床優先の立場をとった。嗣子東海も家学を継ぎ,解剖経験を重ねた。生年や没日には異説もある。

(小曾戸洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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