奥野小四郎(読み)オクノ コシロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「奥野小四郎」の解説

奥野 小四郎
オクノ コシロウ


肩書
衆院議員(政友会)

生年月日
安政4年7月(1857年)

出身地
淡路国洲本(兵庫県)

経歴
明治24年洲本町の町長となった。その間町会、郡会、県会議員を務めた。町長在任中、高等小学校が廃校され、原来太郎校長と学科研究会を興して生徒を収容。また交通、道路、衛生面の開発に尽力、29年同志佐野助作らと淡路紡績会社を創設、失業救済に貢献。衆院議員に当選、地方開発功労者となった。

没年月日
大正4年12月31日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥野小四郎」の解説

奥野小四郎 おくの-こしろう

1857-1915 明治-大正時代の政治家。
安政4年7月生まれ。兵庫県洲本(すもと)町長,県会議員などをつとめ,洲本の道路,衛生設備の改修・改善に尽力し,淡路(あわじ)紡績を創設した。明治25年衆議院議員(当選2回,政友会)。のち北海道に移住し,帯広町長をつとめた。大正4年12月31日死去。59歳。淡路(兵庫県)出身。本姓は富永。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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