奥院灯籠堂(読み)おくのいんとうろうどう

日本歴史地名大系 「奥院灯籠堂」の解説

奥院灯籠堂
おくのいんとうろうどう

[現在地名]高野町高野山

弘法大師廟前に南向きに建つ。桁行一八間・梁間七間三尺五寸、銅板葺。堂内の中央には舎利塔を安置する大壇を置き、大壇の北に日輪大師の壇、その東に明神壇を構える。この二壇の北に高机を置いて、香灯花菓、御生身供を献じ、西に諸神壇を置く。

「奥院興廃記」には拝殿とあり、「仁海記」「宇治関白高野山御参詣記」には礼堂、「白河上皇高野御幸記」「鳥羽上皇高野御幸記」には礼殿とある。灯籠堂と称されるようになったのは、正暦五年(九九四)の大火の後、長和五年(一〇一六)定誉が大和長谷(はせ)寺(現奈良県桜井市)から登山し、廟前で誓火を捧げてその復興を期したことに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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