如来寺・太子寺(読み)によらいじ・たいしじ

日本歴史地名大系 「如来寺・太子寺」の解説

如来寺・太子寺
によらいじ・たいしじ

[現在地名]鈴鹿市三日市二丁目

三日市みつかいち集落の中央にあり、ともに真宗高田派。光明山無量寿院如来寺の本尊は一光三尊阿弥陀如来金像。一方の転法輪山上宮皇院太子寺は聖徳太子等身木像。創立年代は明らかでないが、二寺ともに天台宗であったことは太子寺の背後に、真宗に転じたあと天台宗時代の遺物を埋めた天台塚が明治維新の頃まであったことでもわかる。

三日市の寺院は伊勢における真宗発祥の地となったが、寛正六年(一四六五)の頃、真慧が一身田いつしんでん(現津市)に後の真宗高田派専修せんじゆ寺を建てると(正統伝後集)、三日市教団は一身田との間に対立摩擦も生じたようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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