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季弘大叔 きこう だいしゅく

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

季弘大叔 きこう-だいしゅく

1421-1487 室町時代の僧。
応永28年8月25日生まれ。臨済(りんざい)宗。備前(岡山県)の人。京都東福寺の竹庵大縁の法をつぐ。雲章一慶,勝剛長柔らに詩文,朱子学をまなび,五山文学者として知られる。東福寺,和泉(いずみ)(大阪府)海会(かいえ)寺の住持をつとめた。長享元年8月7日死去。67歳。別号に蔗庵,蔗軒,竹谷。日記に「蔗軒日録」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

季弘大叔

没年:長享1.8.7(1487.8.25)
生年:応永28.8.25(1421.9.21)
室町時代臨済宗。備前(岡山県)の人。蔗軒,蔗庵,竹谷道人・備陽山人など多くの別号を持つ。9歳で竹庵大縁について出家,その法を嗣いだ。応仁1(1467)年南都(奈良)で華厳,法相両宗の教義を学ぶ。このほか朱子学にも詳しく,浄土思想にも関心を示していたという。文明6(1474)年京都に帰り東福寺の首座を勤めた。のち和泉(大阪府)海会寺の住持を経て,同12年には東福寺の第174世となった。翌年退き,晩年は海会寺を中心に活動,臨済宗法燈派の人々とも多く交流した。このとき記した日記が『蔗軒日録』である。ほかに『蔗軒遺藁』がある。

(石井清純)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

きこうだいしゅく【季弘大叔】

1421‐87(応永28‐長享1)
室町中期の臨済宗聖一派の僧。東福寺の竹庵大縁の法嗣。備前の人。別に竹谷(ちくこく),蔗軒(しやけん),蔗庵と称す。東福寺174世。1483年(文明15)和泉堺の海会(かいえ)寺に移る。翌年南禅寺の公帖(くちよう)(公方家の許状)を受けるが病のため不住。海会寺時代の日記《蔗軒日録》は禅僧の日常生活を伝える史料としておもしろい。他に詩文集《蔗庵遺稿》がある。【今泉 淑夫】

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367日誕生日大事典の解説

季弘大叔 (きこうだいしゅく)

生年月日:1421年8月25日
室町時代の臨済宗の僧;東福寺の第174世
1487年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の季弘大叔の言及

【蔗軒日録】より

…3巻。室町中期の代表的な五山文学僧であり,東福寺住持であった季弘大叔(きこうだいしゆく)が,晩年を過ごした堺の海会寺(かいえじ)で記した日記。1484‐86年(文明16‐18)の記事が現存する。…

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