宇田川興斎(読み)うだがわ こうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宇田川興斎」の解説

宇田川興斎 うだがわ-こうさい

1821-1887 幕末-明治時代洋学者,蘭方医
文政4年8月15日生まれ。飯沼慾斎の3男。坪井信道,宇田川榕庵(ようあん)にまなぶ。榕庵の養子となり,美作(みまさか)(岡山県)津山藩医をつぐ。また幕府天文台訳官をつとめ,ペリー来航時や日露和親条約をむすぶときの文書翻訳にあたった。明治20年5月3日死去。67歳。名は瀛。訳書に「万宝新書」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む