一国平均役としての公田段銭ではなく,室町時代,守護が分国内に私に賦課した段銭。公田段銭の守護請を利用して,守護が段銭徴収に対する権限を強めた15世紀中頃から一般化する。要脚段銭・公用段銭などと称され,やはり公田面積を賦課基準としていた。徴収した守護段銭は分国内の領主層に給付され,守護との被官関係形成の手段ともされた。中世末期には,このような私段銭が領主諸階層に広くとりいれられた。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...