改訂新版 世界大百科事典 「一国平均役」の意味・わかりやすい解説
一国平均役 (いっこくへいきんやく)
平安後期から中世を通じて賦課された税の一種。朝廷さらには室町幕府および各国衙・守護が賦課した臨時課役のうち,一国内の公領・荘園をとわず一律に賦課・徴収することを原則とした課役をいう。具体的税目としては,伊勢神宮の20年1度の式年遷宮にかかわる役夫工米(やくぶくまい),内裏再建のための造内裏役,天皇即位後最初の新嘗(にいなめ)祭である大嘗(だいじよう)祭挙行のための大嘗会役,伊勢神宮に奉仕する斎宮のための造野宮役および群行・帰京役,伊勢神宮その他の大社に公卿を奉幣使として発遣させる際の公卿勅使役,また宇佐神宮や興福寺など朝廷にかかわりの深い大寺社や各国一宮の造営役などがある。さらに南北朝期以降になると天皇の即位・譲位用途調達のための段銭,幕府修造や将軍拝賀・元服のための段銭など多様な臨時課役が一国平均役として賦課されるようになる。このような諸課役は,平安中期以降それまでの律令制にもとづく収取体系が崩れ,国衙・荘園制下の基本的な収取形態がしだいに官物(かんもつ)(年貢)・雑公事制へと移行していく過程で,国家的諸事業・行事を遂行するための臨時課役として成立した。一国平均役としてこれらの税目が国家的税制として確立するのはほぼ院政期である。これらの賦課は,それぞれの税目によって全国的・地域的・一国的範囲のちがいはあったが,多く国衙の土地台帳記載の田数を基準としていた。ただ一国平均賦課といっても現実には社寺領(官省符荘),のちには三代御起請の地,三社領(伊勢神宮・石清水八幡宮・賀茂神社領)などが免除されることが多かった。また中世後期になると,その賦課基準田数も鎌倉後期にほぼ固定化した各国大田文記載のそれに限定され,一国平均賦課の実質的意味も薄れる。課役の内容ははじめ米を中心とし布・人夫など多様であったが,南北朝期以降になると一般に段銭として課徴されるようになる。またその賦課高は鎌倉後期以降賦課ごとに反別賦課額が一律化するようになる。なおこれら一国平均役の課徴権・免除権はその性格から本来王朝権力にあったが,鎌倉末期には鎌倉幕府がその催徴権に関与するようになり,南北朝期の14世紀後半には王朝権力にかわり室町幕府がその課徴権・免除権を掌握した。
執筆者:小山田 義夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報