段銭(読み)タンセン

デジタル大辞泉 「段銭」の意味・読み・例文・類語

たん‐せん【段銭】

《「だんせん」とも》中世、即位・内裏修理・寺社造営・将軍宣下せんげなどに際し、朝廷・幕府などがその費用に充てるため、臨時に諸国の田地から段数に応じて徴収した金銭。室町時代以後、恒常化した。

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改訂新版 世界大百科事典 「段銭」の意味・わかりやすい解説

段銭 (たんせん)

中世の臨時公事。後に恒常化する。即位,譲位,大嘗会などの朝廷公事,伊勢神宮や興福寺などの大寺社修造,将軍・幕府関係など諸種の国家的行事の費用調達のために諸国あるいは1~数ヵ国に課した公事で,田地1段別何文(升)というように賦課した。鎌倉時代には米の徴収が多かったので段米とも称した。荘園も公領も平均に課せられたので一国平均役ともいう。賦課主体は,南北朝前期までは王朝権力であったが,1370年代以降は賦課も免除もともに室町幕府の握るところとなった。賦課基準となったのは,鎌倉時代王朝権力と幕府によって作成された大田文(おおたぶみ)記載回数だったと思われる。この事実は室町幕府下でいっそう明白となり,〈国の大田文を召し出し,寺社本所領幷びに地頭御家人等分領,悉(ことごと)く公田段別何十文を宛て〉という方式が定着する。大田文公田を対象に諸種の段銭が賦課され,幕府による国家的行事が遂行された。段銭奉行が置かれ制度的にも整えられた。暦応年間(1338-42)から1518年(永正15)に至る間に二百数度の幕府関係段銭の事例が検証されているが,15世紀後半以降の内容的特徴は,幕府御所の修造,将軍自身の公事(宣下,拝賀,仏事など)のためのものの頻度が増加したことである。

 幕府段銭の徴収権を与えられていた守護は,15世紀中葉に至るまでに守護独自の段銭を成立させ,原則として領域全体に賦課していく。これは国方段銭,要脚段銭などと称され,恒常化していった。個々の領主(所領)側からみれば,一定額の段銭を守護に納入することとなったのである。惣国への段銭賦課を形成した守護は,所領の段銭部分を知行制的に編成し,免除を給付と同質化させ,守護被官関係の形成やその補強の有力なテコとしていった。賦課基準は幕府段銭と同じく大田文公田数であった。春秋2季の段銭などと称し年2回の賦課もみられた。一方守護段銭などを負担あるいは給付された個々の領主層,および当初より幕府段銭の納入を守護の介在なしに直接納入する京済(きようぜい)の特権を得ていた将軍近習,奉公衆などの御家人層も,自己の所領に領主段銭を形成していった。守護段銭の恒常化と個々の領主による領主段銭の恒常的賦課は同時進行であったろう。これを所領内の百姓層からみれば,年貢公事のほかに段銭が加徴されたのである。守護的支配秩序の中で一定の位置を保障された本所領においても荘園領主による段銭賦課が行われており,事態に変りはなかった。なお大和国にみられる興福寺の段銭は,守護段銭と考えてよい。

 このように臨時公事から出発した段銭は,中世の国家,領主諸階層によって在地への恒常的加徴となり,剰余のある部分を領主的収取に組み入れていく媒介となったのである。戦国大名はこうした段銭課徴を継承改変させて,自己の収取体系を確立させていく。すなわち機械的な段別賦課ではなく,田地の基準貫高(1反500目が多い)を設定しつつ田品別の貫高を確定し,その貫高との一定の比率にたって段銭を賦課し,重要な財政的基盤としていったのである。
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百科事典マイペディア 「段銭」の意味・わかりやすい解説

段銭【たんせん】

古代末期〜中世,段別に賦課された臨時課税。即位・大嘗会(だいじょうえ),内裏(だいり)や寺社の造営に当たって賦課された。初め米で徴収し(段米),朝廷の命で国衙(こくが)が賦課。室町時代には恒常化し,棟別銭(むなべちせん)とともに幕府財政の重要財源。守護・寺社,のちに戦国大名も行った。
→関連項目一国平均役大山荘菊万荘守護大名役夫工米

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「段銭」の意味・わかりやすい解説

段銭
たんせん

中世、朝廷や幕府が臨時に賦課した税の一種。田の面積一段別に銭(ぜに)何文宛(あて)と算定したのでこの名がある。米で徴収した場合が段米(たんまい)である。即位、大嘗会(だいじょうえ)、内裏(だいり)造営、将軍上洛(じょうらく)、伊勢(いせ)神宮造替(ぞうたい)などの国家的な行事の費用にあてるため、特定の国を定めて、その国内の荘園(しょうえん)や名(みょう)などの所領単位に課し、守護が国ごとの大田文(おおたぶみ)に記載された公田(こうでん)の田数によって催促した。室町時代には、守護が独自に課す守護段銭が現れ、恒常化するようになった。守護が段銭の徴収権を知行(ちぎょう)として被官に給与したり、荘園領主が年貢と重複して段銭を徴収することもあった。守護権を継承した戦国大名は、段銭の徴収権を独占し、知行地に一律に課すようになり、段銭は棟別(むねべつ)銭と並ぶ重要な財源となった。

[村田修三]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「段銭」の意味・わかりやすい解説

段銭
たんせん

鎌倉~戦国時代,臨時に賦課された税。朝廷や幕府は,即位,譲位,大嘗会,内裏造営,将軍宣下,大社造営などの費用にあてるため,臨時に田に対して段別に賦課した。初めは米を徴収したので段米と称したが,次第に銭に変った。鎌倉時代にはまだ重要な税目ではなかったが,室町時代になると,棟別銭とともに幕府の重要な税目となり,種々の名目のもとに頻繁に課せられるようになり,段銭奉行が設置された。また守護大名や社寺も領国,寺社領に段銭を課し,守護段銭とか寺門段銭とか称した。課税率は一定しなかったが,戦国時代に入ると,田租の付加税として毎年徴収された。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「段銭」の解説

段銭
たんせん

中世後期,荘園・公領をとわず一国平均に田地1段別に賦課された公事(くじ)。院政期に成立した一国平均役は,鎌倉時代までは米を徴収する段米が一般的であった。賦課対象は大田文(おおたぶみ)記載の公田であった。即位・大嘗会・内裏造営などの朝廷行事,伊勢神宮造営などの寺社行事,15世紀半ば頃からは将軍拝賀などの室町幕府行事の費用にあてられた。段銭の催徴・免除権が朝廷から幕府に移るのは康暦年間頃とされ,以後応永年間を通じて段銭奉行の設置など段銭徴収制度が整い,幕府に納銭された。15世紀半ば以降,徴収を担ってきた守護による段銭の守護請がみられるようになり,守護の私段銭の賦課とともに,幕府による公田段銭賦課体制は弱体化する。

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旺文社日本史事典 三訂版 「段銭」の解説

段銭
たんせん

室町時代,田畑の面積に応じて課し,貨幣で納めさせた臨時税
重要行事や内裏造営などのため臨時に特定の国郡あるいは全国に課したが,室町幕府は財政難のため頻繁に課税,段銭国分 (くにわけ) 奉行を諸国に置き重要な財源とした。国司・守護・大名らも課し(守護段銭など),臨時税から恒常化すると,銭納のため特に農民を苦しめた。

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世界大百科事典(旧版)内の段銭の言及

【国役】より

…そして,それらの課役は守護が各国衙機構の実質を掌握するに従い,守護が国内から催徴し,負うところとなった。また大嘗会米(段銭)など諸国の公領・荘園への臨時課役は朝廷の実質的権限をにぎった幕府が漸次賦課するようになる。幕府はまた将軍・幕府の諸行事・事業のため臨時の賦課を守護に課したが(守護出銭),これもときに国役と称された。…

※「段銭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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