安田竹荘(読み)やすだ ちくそう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安田竹荘」の解説

安田竹荘 やすだ-ちくそう

1807-1871 江戸後期-明治時代の医師
文化4年生まれ。能登(のと)(石川県)の人。京都で小森桃塢(とうう),小石元瑞(げんずい)らに西洋医学をまなび,帰郷して開業安政のころ種痘の牛痘苗を能登につたえ,その普及につとめた。のち金沢藩校明倫堂の教官となる。明治4年1月4日死去。65歳。名は順成通称元蔵別号に香島外史。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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