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安藤抱琴 あんどう ほうきん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安藤抱琴 あんどう-ほうきん

1655*-1717 江戸時代前期-中期の国学者。
承応(じょうおう)3年12月30日生まれ。安藤朴翁(ぼくおう)・安藤亀子の長男。弟年山とともに,常陸(ひたち)水戸藩主徳川光圀(みつくに)にまねかれ,彰考館で「礼儀類典」などの編集にあたった。享保(きょうほう)2年3月25日死去。64歳。丹波桑田郡(京都府)出身。名は為実(ためざね)。字(あざな)は之賓。通称は大学。別号に素軒。著作に「安藤為実雑記」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

安藤抱琴

没年:享保2.3.25(1717.5.6)
生年:承応3(1654)
江戸中期の国学者,有職故実家。名は為実。通称大学など。素軒とも号し,稲津左兵衛尉とも称す。伏見宮家の家士安藤定為(号朴翁)の長男として丹波国桑田郡尾口村(亀岡市)に生まれた。母亀子は歌人として有名であった。父の跡をうけて伏見宮に仕えた。多芸多能で撃剣,刺槍,拳法,琴笛などに習熟していた。武道を四辻季輔に,琴笛を山井景則に,和歌を中院通茂らに学んだが,最も故実の学を好んだ。その故をもって貞享3(1686)年33歳のとき,弟の為章(号年山)と共に水戸藩主徳川光圀に招かれ,彰考館の史局に参与した。のちその総裁に抜擢されて『扶桑拾葉集』『礼儀類典』の編纂に当たった。『礼儀類典』は朝廷に献上され,禁裏の秘本を借りる便宜を与えられた。<著作>『続有職問答』『抱琴集』

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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