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如儡子 にょらいし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

如儡子
にょらいし

[生]?
[没]明暦1(1655)頃
江戸時代前期の仮名草子作者。「じょらいし」とも読む。 70歳くらいで没。本名未詳。最上家の浪人湯村式部,あるいは池田家に仕えた斎藤意伝ともいう。武心士峰,雪朝庵と号す。仮名草子可笑記』にみずから記すところによると,母とともに江戸に出て仕官を志したが成功せず,不遇のうちに生涯を終えたらしい。

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デジタル大辞泉の解説

じょらいし【如儡子】

[1603?~1674]江戸前期の仮名草子作者。本名、斎藤親盛。山形最上家に仕えたが浪人となり、江戸で医者を業とし、著作の筆をとった。著「可笑記」「百八町記」など。にょらいし。

にょらいし【如儡子】

じょらいし(如儡子)

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百科事典マイペディアの解説

如儡子【じょらいし】

江戸初期の仮名草子作者。本名斎藤親盛。意伝と号す。山形最上家の家臣の子として酒田に生まれる。江戸に出て儒者となるが,のち医を業とする。《従然草》にならった社会批判の短文集《可笑記》,また《百八町記》を書いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

如儡子 にょらいし

1603?-1674 江戸時代前期の仮名草子作者。
慶長8年?生まれ。もと出羽(でわ)山形藩主最上家の臣。主家改易(かいえき)により浪人となり,諸国を放浪。江戸で医を業とするかたわら,仮名草子を執筆した。延宝2年3月8日死去。72歳?姓は斎藤。名は親盛。通称は清三郎。号は「じょらいし」ともよむ。別号に以(意)伝,雪朝庵士峰。著作に「可笑記」「百八町記」など。

如儡子 じょらいし

にょらいし

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朝日日本歴史人物事典の解説

如儡子

没年:延宝2.3.8(1674.4.13)
生年:慶長8?(1603)
江戸時代の仮名草子作者。本名は斎藤清三郎親盛。意伝と号する。父斎藤盛広は出羽国山形藩最上家の家臣だったが,元和8(1622)年,家督相続をめぐる騒動のため藩は改易,浪人となる。親盛は江戸で医を業とする傍ら,当世批判の意を込めた『可笑記』(1642)を執筆。これに批評を加えたものに,浅井了意『可笑記評判』(1660)がある。万治2(1659)年,陸奥国二本松藩に仕官した長男秋盛に同行し,晩年はこの地で俳諧に遊んだ。著書にはほかに『百八町記』(写本)などがある。<参考文献>野間光辰『近世作家伝攷』

(樫澤葉子)

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世界大百科事典 第2版の解説

じょらいし【如儡子】

1603ころ‐74(慶長8ころ‐延宝2)
仮名草子作者。本名斎藤親盛。号は意伝。山形最上家の臣斎藤盛広の子として酒田で生まれた。1622年(元和8)最上家改易で浪人となった父に伴い祖父の旧地越後に転じ,のち江戸に出て,一時松平光仲(政?)家の儒者となるが,浪人して医を業とする。59年(万治2)子秋盛(ときもり)の出羽二本松仕官に伴って下る。才能あって不遇の境涯から,社会批判の書として《可笑記》(1642)を書き,また《百八町記》(1664ごろ)を書いている。

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大辞林 第三版の解説

じょらいし【如儡子】

にょらいし【如儡子】

1603?~1674) 仮名草子作者。斎藤氏。別号、以伝・雪朝庵士峰。山形の人。戦国武士的道徳観に立ち、江戸初期の政治・世相に対する痛烈な批判を仮名草子中に展開した。著「可笑記」「堪忍記」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

如儡子
じょらいし
(?―1674)

江戸前期の仮名草子(かなぞうし)作者。「にょらいし」ともいう。本名斎藤親盛(ちかもり)、号意伝、雪朝庵士峯(せっちょうあんじほう)。父斎藤筑後守盛弘(ちくごのかみもりひろ)とともに山形最上(もがみ)家に仕え、1622年(元和8)最上家改易のため浪人。放浪中に父を亡くし、江戸に出て、豊田屋喜右衛門(とみたやきうえもん)などの町人に助けられ、右筆(ゆうひつ)や医者を業とし、その間著作の筆をとった。1659年(万治2)嫡男秋盛が二本松藩の丹羽光重(にわみつしげ)に召され、これとともに二本松に移住し、俳諧(はいかい)に遊ぶなどの晩年を送った。延宝(えんぽう)2年3月8日没。墓は二本松市松岡町、松岡寺。著作には仮名草子『可笑記(かしょうき)』(1642刊)、『百八町記』(1664刊)があり、そのほか『百人一首鈔(しょう)』『堪忍記』が写本で残されている。[田中 伸]

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世界大百科事典内の如儡子の言及

【可笑記】より

…仮名草子。如儡子(じよらいし)作。5巻。…

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