定恵法親王(読み)じょうえほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「定恵法親王」の解説

定恵法親王 じょうえほうしんのう

1156-1196 平安後期-鎌倉時代,後白河天皇皇子
保元(ほうげん)元年生まれ。母は坊門局(ぼうもんのつぼね)。仁安(にんあん)元年出家し,翌年一身阿闍梨(あじゃり),元暦(げんりゃく)元年摂津四天王寺別当となる。建久元年親王となり,同年園城寺(おんじょうじ)長吏。平等院宮,法輪院宮とよばれた。建久7年4月18日死去。41歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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