宝蔵寺跡(読み)ほうぞうじあと

日本歴史地名大系 「宝蔵寺跡」の解説

宝蔵寺跡
ほうぞうじあと

[現在地名]福井市西新町 坂尻

西新にしじん町南西方の鹿俣かなまた境の坂尻さかじりにあった寺。現存しない。天台宗西山光照にしやまこうしよう(現福井市)末。文化元年(一八〇四)訴状(最勝寺文書)によれば、当寺は西山光照寺末寺で、同寺末寺の最勝さいしよう寺とともに鹿俣かなまた(現福井市)にあった。結城秀康の時に光照寺・最勝寺が福井表(北庄城下)へ移った際に、光照寺と同様朝倉家由緒の寺院であった当寺も移ったという。この時、鹿俣にあった寺の跡地はそのまま両寺のものとして下し置かれたといい、最勝寺の跡地は東西二〇間余・南北四〇間余で、その後二〇〇年近く最勝寺が支配してきたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む