実相院跡(読み)じつそういんあと

日本歴史地名大系 「実相院跡」の解説

実相院跡
じつそういんあと

[現在地名]岩国市横山二丁目

横山よこやまの西隅、城山しろやまの麓の小高い所にあった。浄土宗。岩国藩五ヵ寺の一。大正の末、広島県呉市に移転。跡地は吉川家の墓地になっている。

初め新豊しんぽう院という禅寺であったが、寛永一八年(一六四一)広正の母若林氏が逝去した時、錦見瑞相にしみずいそう寺の住職典誉を導師とし、寺号を光寿こうじゆ院と改め、浄土宗とした。寺領五〇石が寄進された。開山の典誉は正保四年(一六四七)京都に上り、知恩ちおん(現京都市東山区)の心誉と会って本末の契約をした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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