宮城けんじ(読み)ミヤギ ケンジ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「宮城けんじ」の解説

宮城 けんじ
ミヤギ ケンジ


職業
漫才師 俳優

本名
寺島 文雄(テラシマ フミオ)

グループ名
コンビ名=Wけんじ(ダブルケンジ)

生年月日
大正13年 8月20日

出生地
宮城県 亘理郡逢隅村高屋(亘理町)

学歴
東北学院専中退

経歴
家が大都映画巣鴨撮影所の近所で、母が映画好きだったことから、子役として大都映画作品に出演。昭和17年新宿のムーラン・ルージュに入り、軽演劇の舞台で活動。27年から歌手の春日八郎ショーの専属司会となり各地を巡業。36年コメディアンだった東けんじと組み、漫才コンビ“Wけんじ”を結成。東京・浅草の舞台などで芸を磨き、38年NHK漫才コンクールで優勝。絶妙なアドリブでボケる東に、軽妙な東京弁でつっこみを返して軽くジャブポーズをとり、東が“やんな!”というギャグで人気を博し、スマートで洒落がきいた東京漫才の代表的な存在として活躍。東がレンズのない丸めがねに指を差し込むギャグや、“ばかだなぁ”“なっ。オー!”などのギャグも流行語となった。傍ら、コンビ結成後もテレビ時代劇「水戸黄門」や映画「落語長屋」などに俳優として出演。平成11年に東が死去してからは漫談家や司会者として個人活動を続けた。1日にマイルドセブンを60本以上吸うヘビースモーカーで、17年肺がんにより亡くなった。弟子にWモアモアらがいる。

所属団体
落語芸術協会,漫才協団

受賞
NHK漫才コンクール第1位(第11回)〔昭和38年〕

没年月日
平成17年 10月19日 (2005年)

伝記
「東京漫才」列伝 内海 桂子 監修,富沢 慶秀 著(発行元 東京新聞出版局 ’02発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

関連語 伝記

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む