翻訳|gag
元来は〈猿ぐつわ〉のことで,転じて言論抑圧などの意味に用いられたが,演劇や映画における〈場あたりのしゃれ,こっけいなしぐさ〉といった,副次的な意味で使われるようになり,それにつれて,ショービジネスにおける〈観客を笑わせる要素,アイデア〉全般を意味するようになった。その幅はきわめて広いので,〈視覚(サイト)ギャグ〉と〈聴覚(バーバル)ギャグ〉に大別される。前者はスラプスティック(どたばた),つまり動きの笑いであり,後者はせりふ,会話のおかしみである。ただし,映画に関していえば,サイレント喜劇の時代はともかく,トーキー以後は,動きとせりふのギャグは併用され,相乗効果によって笑いを盛り上げるべく用いられることが多い。例えば《腰抜け二挺拳銃の息子》(1952)で,ジェーン・ラッセルとボブ・ホープの自動車がインディアンに追われるうちに,車輪が一つはずれる。車軸にロープをかけて持ち上げながらボブいわく〈あと三つはずれたら,何か新手を考えなくちゃな〉といったものである。ギャグということばが一般化しすぎたため,例えば〈アジャパー〉〈ムチャクチャデゴザリマスルガナ〉といった〈うけことば〉を,ギャグと呼ぶ拡大解釈もなされるようになる。これは本来,俳優が独特の口調でいうせりふを,観客が待ちうけているという,一種のなれあい的なおかしさだが,とりわけ,1980年前後のテレビの〈漫才ブーム〉やCMによって〈うけことば〉がブームとなり,芸人たちまでがそれをギャグの本流と思いこむ混乱が生じたためである。
ギャグは〈誇張〉〈意外〉〈ちぐはぐ〉などの要素がからみ合ったものであり,〈うけことば〉はその一部にすぎない。またギャグは,ときとして人を傷つけるものである。それは,喜劇的状況が多くの場合,当事者にとっては災厄であるからで,浮浪者がバナナの皮ですべってもさほどおかしくはないが,着飾った金持ちが転べば観客は笑う。そのとき客席に居合わせた着飾った金持ちもいっしょになって笑い転げるのは,それが他人事だからにほかならない。その意味で,ギャグは,しばしばブラック・ジョークの側面を内包しているが,現在はさらに悪意的,攻撃的な傾向を強めつつある。
→喜劇映画 →軽演劇
執筆者:森 卓也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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