宮手遺跡(読み)みやでいせき

日本歴史地名大系 「宮手遺跡」の解説

宮手遺跡
みやでいせき

[現在地名]紫波町宮手 朴田

JR東北本線日詰ひづめ駅の北西約四・六キロに位置し、北上川の支流五内ごない川によって形成された微高地に位置。標高約一三二メートル。昭和四九年(一九七四)から五一年に発掘調査が行われた。検出された遺構は縄文時代早期竪穴住居跡一棟、平安時代竪穴住居跡一二棟、落し穴状遺構二九基、土壙八基、方形周溝一基などである。

縄文時代早期住居跡の平面形は隅丸長方形で、規模は四・一×三・五メートルである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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