宮野原口留番所跡(読み)みやのはらくちどめばんしよあと

日本歴史地名大系 「宮野原口留番所跡」の解説

宮野原口留番所跡
みやのはらくちどめばんしよあと

[現在地名]津南町上郷宮野原

信越国境に設置された。信濃川対岸に寺石てらいし口留番所があった。天保一二年(一八四一)の宮野原・寺石両口留番所通船改方願(嶋田初枝氏蔵)によると、両番所ともに上杉謙信によって江戸・上方ほか諸国への出入口の第一の要害として設けられたとある。番所役は両村庄屋が勤めた。設置場所は宮野原村庄屋宅に近く、この年信濃川通船について新規に改方を任されることとなったが、庄屋宅から川岸まで一五、六町も離れて取締が行届かないとしている。貞享三年(一六八六)の取締条目(同氏蔵)によると、山蝋実・里蝋・点蝋・蝋燭などの移出など五ヵ条が掲げられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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