繁殖地と越冬地との間を規則的に往復する鳥。人家の周辺でみられるスズメやカラスは一年中同じ地域にすむので留鳥resident birdと呼ばれる。またウグイスやアカハラなどのように,繁殖するところと冬を過ごす(越冬)場所とが違うが同じ地域内を出ない鳥は漂鳥wandering birdと呼ばれる。しかし春の訪れとともに,それまで冬を過ごしたツグミ,カシラダカ,ガン・カモ類,ハクチョウ類などは北国を目ざして渡っていく。これらと入れかわりに南の国からツバメ,センダイムシクイ,オオルリ,サンコウチョウ,ホトトギス,ブッポウソウなどが渡ってきて繁殖する。やがてこれらの鳥も秋になると南をさして渡っていく。前者を冬鳥winter bird,後者を夏鳥summer birdという。さらにこれらのほかに,北極圏やシベリア地方で繁殖し,オーストラリア方面まで渡って越冬するオオジシギをはじめトウネン,ムナグロ,ダイゼンなどシギ・チドリ類は,春と秋の年2回日本に立ち寄るので,これらを旅鳥travelerと呼んでいる。またふだんは生息も渡来もしないが,暴風その他の偶然の機会にたまたま訪れるものを迷鳥strayerと呼ぶ。以上のうち夏鳥,冬鳥,旅鳥を合わせて渡り鳥と呼ぶ。
日本にはおよそ500種の鳥が知られているが,夏鳥は21科70種以上,冬鳥は15科75種以上いる。また旅鳥は7科30種以上に及んでいる。したがって渡り鳥は全体の約40%に及ぶ。さらになんらかの移動をするものは60%にのぼるであろう。これらの渡り鳥は種によっていろいろな渡り方をする。例えばキビタキのように1羽ずつが離れ離れになって直線的に渡るものもいるし,ヒヨドリのように数百数千の群れが一団となって渡るもの,またガン・カモ類のように,竿(さお)になったり鍵になったり整然と隊伍を組んで渡るものもいる。渡りの際には,ジョウビタキやエゾセンニュウなどでもわかるように,一般に雄が先に渡り,中間に雄雌が多く,最後に雌や幼鳥がつづく。しかしハクチョウ類のように,家族単位で両親がリードして渡るものや,またカツオドリのように,両親が渡り終えてから幼鳥だけで渡るものもいる。昼間渡る鳥にはツバメ,アマツバメ,ヒヨドリ,コムクドリ,レンジャク類,サシバなどがいるが,ムシクイの仲間をはじめ小鳥類は夜間渡るものが多いようである。タカ類などの天敵の攻撃から逃れることが夜間を選ぶ理由の一つといえよう。
渡りの速度については,小鳥類の多くは時速にして40~50km,タカ類は50~65km,シギ・チドリ類は65~80km,カモ類は80~95kmくらいの速度で渡る。また,高度は多くの鳥は100m以下で飛ぶようであるが,最近レーダーの観測によると1500mから4300mの高さで渡るものも発見されている。近年ヒマラヤ登山隊が6000mの上空を飛翔(ひしよう)するツルの群れを観察し,撮影に成功している。また渡りの距離や渡りに要する日数も種によってまちまちである。一般に小鳥類はある程度渡って採餌しこれを繰り返しながら渡っていく。ところが,シギ・チドリ類の多くは体重の半分が脂肪で,これをエネルギーとして一気に数千kmも渡りきってしまうものもいる。例えばハリモモチュウシャクシギは実にアラスカからタヒチまでを一気に渡る。渡りに要する日数についてはキョウジョシギが24日かかって千葉県からオホーツク沿岸のマガダンまで渡ったという記録があり,一般に春の渡りに要する日数はおよそ3~4週間くらいであると考えられている。春の渡りは繁殖をひかえているので比較的早く,秋の渡りは繁殖も終え幼鳥も交えているので,春よりも渡り日数がやや長いように思われる。
執筆者:中村 司
渡り鳥の国際保護を推進するために〈渡り鳥条約〉と呼ばれる二国間条約・協定が締結されている。〈渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその環境の保護に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約〉(1972年3月4日署名,1979年9月19日発効),同じく旧ソビエト社会主義共和国連邦政府との間の条約(1973年10月10日署名),同じくオーストラリア政府との間の協定(1974年2月6日署名,1981年4月30日発効),〈渡り鳥及びその生息環境の保護に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定〉(1981年3月3日署名,1981年6月8日発効)があげられる。保護の対象とされる渡り鳥は,アメリカとの間では,アホウドリ,カッコウ,ツバメ,ヒバリ,ムクドリなど190種,旧ソ連との間では,コウノトリ,オシドリ,タンチョウ,キジバトなど287種,オーストラリアとの間では,オオミズナギドリ,シロオネッタイチョウ,カツオドリ,イソシギなど66種,中国との間では,ヘラサギ,マガン,カリガネ,オオハクチョウ,マガモなど227種となっている。各条約・協定は,日本と条約締結相手国間で,渡りをする可能性のある鳥類の保護および絶滅の可能性のある鳥類の保護を目的とし,渡り鳥の捕獲およびその卵の採取禁止などを規定している。国内法としては,〈特殊鳥類の譲渡等の規制に関する法律〉(1972公布)があるにとどまる。
執筆者:井上 秀典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狭義には、北方の繁殖地と南方の越冬地の間を毎年春と秋に移動して生活する鳥で、普通この意味で使われるが、定期的な季節移動をする鳥にはこの意味に収まりきれないものが多い。したがって広義には、季節によって生息地をかえる鳥を渡り鳥とよぶが、そのなかにはさまざまなタイプがある。もっとも典型的なものが狭義の渡り鳥で、北半球の寒帯や亜寒帯で繁殖し、温帯か熱帯で越冬する(なかには南半球の温帯まで行く種もある)か、南北両半球の温帯で繁殖し、熱帯で越冬するかである。この場合、繁殖分布域と越冬分布域とは完全に離れていて、その中間は移動のときに通過するだけであり、その種の鳥の全個体が春と秋に移動する。
このような鳥は、たとえばある一つの県というような一地域で観察すると、ある一定の季節にしかみられないので、その地域での候鳥とよばれ、出現する季節によって夏鳥、冬鳥、旅鳥と呼び分けられる。なお、通常の分布域と移動経路から離れた地域でみられることもまれにあって、そのような場合にはその地域での迷鳥(めいちょう)とよばれる。
[浦本昌紀]
ところが鳥のなかにはその種の個体のうち一部だけが季節移動をするものがあり、それには次の二通りの場合がある。(1)その種の繁殖分布域のうち一部の地域(おもに北部)の個体だけが南へ移動する場合で、そのような種のなかには、北部の個体が、南部の移動しない個体のいる地域を通過してさらに南で越冬する、という種もあることが知られている。(2)ある地域で繁殖した個体のうち一部だけが季節移動をする場合で、この場合には幼鳥と雌のほうが雄成鳥よりも移動する傾向が強い。しかし(1)、(2)の二通りが組み合わさっている種もかなり多いので、実態はかなり複雑である。いずれにしても、以上のような種では一部の個体だけが渡り鳥なのであるから、その種が渡り鳥であるという言い方はできないことになる。このため、それらに対しては部分的渡り鳥partial migrantということばが用いられる。
[浦本昌紀]
また、典型的渡り鳥の場合には、季節移動の距離は長いのが普通であるがかならずしも長いとは限らない。たとえば、北海道で繁殖し本州で越冬するアオジやベニマシコ、高山で繁殖し低山で越冬するイワヒバリ、冬になって低地へ下ってくるウグイス、冬になると森林だけでなく住宅地でもみられるようになるメジロ、と並べてみれば、季節移動の距離は長短さまざまであることがわかる。このため、渡り鳥という概念を長距離の季節移動をする鳥(種または個体)に限るとする考え方では、短距離の季節移動をする鳥を漂鳥とよんで区別するが、渡りの距離はさまざまなのであるから、この二つの間には境界線を引くことができない。
さらに、典型的渡り鳥の場合には季節移動の方向は普通は南北であるが、この方向もかならずしも南北であるとは限らない。ヨーロッパでは、北東―南西方向である鳥やほとんど東西方向である鳥も知られている。これらの場合にはメキシコ湾流の影響で大西洋岸のほうが温暖なことによるのであり、寒地から暖地へという意味では南北方向と同じである。しかし、熱帯や亜熱帯で乾期と雨期のはっきりしている地方では、それに伴った季節移動をする鳥があり、その場合には移動の方向は地域によってさまざまである。
以上は毎年定期的に全個体が移動する渡り鳥についてであるが、部分的渡り鳥ではどれだけの部分が移動するかは年によって変化することが多く、どれほど遠くまで移動するかも一定していない。イスカやレンジャクやホシガラスなどはその年変化の程度が大きいことで知られており、それは繁殖地での食物量の年変化に対応していると考えられている。
またさらに、ここまでの記述は陸鳥や水辺の鳥についてのことで、集団繁殖する海鳥の場合、とくに遠洋性の鳥の場合には季節移動があることは確かであるが、非繁殖期の定住性に問題があって、むしろ放浪または回遊をしているとみられている。
なお現在、いわゆる「渡り鳥条約」によって渡り鳥は国際的に保護されているが、この内容については別項「渡り鳥条約」を参照されたい。
[浦本昌紀]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…このように霊界との関係が深いので,鳥は現世と常世国(とこよのくに)を往来するものと考えられた。その中でも,特定の季節に突如として出現する渡り鳥の群れは,渡りの意味の明らかでなかった時代には,とくに神秘的な印象を人々に与えたらしい。常世国を故郷とする鳥は,また神の使わしめでもあった。…
※「渡り鳥」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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