富田礼彦(読み)とみた いやひこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富田礼彦」の解説

富田礼彦 とみた-いやひこ

1811-1877 江戸後期-明治時代国学者
文化8年2月29日生まれ。田中大秀(おおひで)にまなぶ。飛騨(ひだ)(岐阜県)の高山代官所地役人頭取。慶応4年高山県判事となる。明治2年梅村騒動で一揆(いっき)参加者の助命をねがい割腹するが一命をとりとめた。明治10年5月3日死去。67歳。初名は定礼通称は稲太。号は節斎。著作に「斐太後風土記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「富田礼彦」の解説

富田 礼彦 (とみた いやひこ)

生年月日:1811年2月29日
江戸時代;明治時代の高山県判事
1877年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む