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田中大秀 たなか おおひで

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美術人名辞典の解説

田中大秀

江戸後期の国学者。飛騨生。初名は紀文、通称は弥兵衛、号に香水園・千種園・荏名翁等。本居宣長に国学・和歌を学ぶ。著書に『竹取翁物語解』『土佐日記解』等がある。弘化4年(1847)歿、72才。

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デジタル大辞泉の解説

たなか‐おおひで〔‐おほひで〕【田中大秀】

[1777~1847]江戸後期の国学者。飛騨の人。号、千種園(ちぐさえん)など。本居宣長(もとおりのりなが)の門人。著「竹取翁物語解(たけとりのおきなのものがたりかい)」「土佐日記解」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田中大秀 たなか-おおひで

1777-1847 江戸時代後期の国学者。
安永6年8月28日生まれ。伴蒿蹊(ばん-こうけい),本居宣長(もとおり-のりなが)にまなぶ。中古の物語,日記文学を研究,「竹取翁物語解」「土佐日記解」などの注釈書をのこした。門人に歌人橘曙覧(たちばな-あけみ)らがいる。弘化(こうか)4年9月16日死去。71歳。飛騨(ひだ)(岐阜県)出身。初名は紀文。通称は弥次郎。号は千種園,荏野(えな)翁。

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朝日日本歴史人物事典の解説

田中大秀

没年:弘化4.9.16(1847.10.24)
生年:安永6.8.28(1777.9.29)
江戸後期の国学者。飛騨国高山(岐阜県高山市)の薬種商田中弥兵衛博道,妻富子の3男。通称弥次郎,弥兵衛。名は初め紀文,のち大秀,八月満,号は千種園,湯津香木園,荏野翁。寛政9(1797)年,21歳のとき尾張熱田神宮祠官粟田知周に和歌国学を学んだ。11年には知周に伴われて上京し冷泉家の歌会に列した。同年伴蒿蹊に入門,享和1(1801)年には伊勢の本居大平を訪ね,上京中の本居宣長に会って入門した(4月13日)。4年,松坂に行き,宣長の遺著を2カ月にわたって写すなど,宣長学への傾倒がみられる。中古文学の研究にすぐれ,特に『竹取翁物語解』(1831)は竹取物語注釈史上きわめて重要な著作である。また「稲置森」の考証から飛騨国荏名神社をその地と定め,同社の再興運動を行い,ここを根拠として飛騨国学の発展に努めた。門人に足立稲直,橘曙覧らがいる。<参考文献>松室会編『田中大秀』,芳賀登『幕末国学の研究』

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たなかおおひで【田中大秀】

1776‐1847(安永5‐弘化4)
江戸後期の国学者。通称弥次郎。前名は紀文。香木園(かつらのその),荏野翁(えなおう)などと号する。飛驒高山の薬商。国学を粟田知周,伴蒿蹊に学んだのち,本居宣長に入門。堅実な学風をもって知られ,中古の物語の注釈に顕著な業績を残すとともに,歌もよくし,その門下に橘曙覧(たちばなあけみ)を出した。また飛驒大野郡の式内社荏名(えな)神社を再興するなどして,神道の振興にも尽力した。主著は《竹取翁物語解》《土佐日記解》《落窪物語解》《荏野冊子》など。

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大辞林 第三版の解説

たなかおおひで【田中大秀】

1777~1847) 江戸後期の国学者。号は荏野翁えなおうなど。飛驒高山の人。本居宣長に師事。橘曙覧は弟子。著「竹取翁物語解」「土佐日記解」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田中大秀
たなかおおひで

[生]安永6(1777).8.28. 高山
[没]弘化4(1847).9.16. 高山
江戸時代後期の国学者,歌人。号は香木園,千種園,荏野翁。本居宣長の門に入り,宣長死後は大平 (おおひら) に教えを受けた。古典注釈に力を注いだ。著書『竹取翁物語解』 (1828) ,『土佐日記解』 (29) ,『落窪物語解』,歌文集『桂葉集』,歌集『荏野集』。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田中大秀
たなかおおひで
(1777―1847)

江戸後期の国学者。飛騨(ひだ)(岐阜県)高山の人。本居宣長(もとおりのりなが)の門下。ただし直接学んだのは宣長の没した年(1801)だけで、のちに松坂(三重県)に赴いて遺著を写し取り著しく傾倒した。『竹取翁(たけとりのおきな)物語解』(1816)に、宣長の「もののあはれ」論を『竹取物語』に当てはめたりもしているが、主として中古の物語日記文学の本文措定と注釈に、宣長の合理主義的な解釈学を祖述し進展させて、前記のほか、『土佐日記解』(1829)、『蜻蛉(かげろう)日記紀行解』(1830)などや、『落窪(おちくぼ)物語』刊本、『かげろふの日記解環(かいかん)』(坂徴著)への書き入れに、その業績を残す。[木村正中]
『松室会編・刊『田中大秀』(1954) ▽高山市教育委員会編・刊、大野政雄校訂『田中大秀翁伝記』(1996) ▽中田武司編『田中大秀1~6』(2001~2004・勉誠出版)』

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