富田茂七(読み)とみた もしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富田茂七」の解説

富田茂七 とみた-もしち

1760-1837 江戸時代中期-後期の治水家。
宝暦10年生まれ。肥後下砥川(しもとがわ)村(熊本県益城中町)の庄屋。寛政6年2kmはなれた素麺(そうめん)滝からの灌漑工事に失敗。難工事のため村人の反対をうけたが,12年再度工事にかかり,享和元年砥川用水路の通水に成功,近隣の荒れ地約100haが上田となった。天保(てんぽう)8年8月死去。78歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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