専敬寺(読み)せんきようじ

日本歴史地名大系 「専敬寺」の解説

専敬寺
せんきようじ

[現在地名]安塚町小黒 経塚山

小黒こぐろ集落の西方経塚きようづか山にある。真宗大谷派、経塚山と号し、本尊阿弥陀如来。貞観年間(八五九―八七七)真雅の開基で、もと真言宗という。円道坊の代に親鸞に帰依して改宗。一二世浄空の代に西勝さいしよう(現中頸城郡三和村)とともに本誓ほんせい(現上越市)超賢に従って石山合戦に参加し功を立てたという。寺蔵の本願親鸞聖人御影には文禄五年(一五九六)の紀銘で本願寺教如花押の裏書がある。慶長二年(一五九七)には浄空に対し顕如上人真影が下付されている(同年二月二二日本願寺教如裏書)。近世初期頃の本願寺教如書状(専敬寺文書)によると、当寺が取次となって現東頸城郡を中心とする山間の一一講中より懇志として銀子一〇〇目が集められ教如に納められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む