小堀甚二(読み)コボリ ジンジ

20世紀日本人名事典 「小堀甚二」の解説

小堀 甚二
コボリ ジンジ

昭和期の小説家,劇作家,評論家



生年
明治34(1901)年8月21日

没年
昭和34(1959)年11月30日

出生地
福岡市

本名
小堀 清寿

別名
筆名=河合

経歴
小学校卒業後、上京して労働者生活。大正15年処女作の戯曲「或る貯蓄心」を発表してプロレタリア文学運動に参加、「文芸戦線同人となる。昭和2年平林たい子と結婚労農派一員として政治評論を発表する。12年の人民戦線事件で検挙され、14年保釈されて土木下請業を経営。戦後は21年、民主人民連盟結成と同時に事務責任者となるが、のち反ソ・反共の文化自由会議を組織した。30年平林と離婚。作品は他に「妖怪を見た」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小堀甚二」の解説

小堀甚二 こぼり-じんじ

1901-1959 昭和時代の小説家,評論家。
明治34年8月28日生まれ。大正15年雑誌「解放」に戯曲「或(あ)る貯蓄心」を発表し,プロレタリア文学運動に参加。昭和12年人民戦線事件で逮捕された。この間の昭和2年平林たい子と結婚,30年離婚。そのいきさつを「妖怪(ようかい)を見た」にかいた。昭和34年11月30日死去。58歳。福岡県出身。本名は清寿(きよとし)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「小堀甚二」の解説

小堀 甚二 (こぼり じんじ)

生年月日:1901年8月28日
昭和時代の小説家;評論家
1959年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の小堀甚二の言及

【平林たい子】より

…そういう痛烈な生活をリアルに作品化した《嘲る》(1926),《施療室にて》(1927)によって,プロレタリア文学の新進作家として認められた。27年《文芸戦線》同人小堀甚二と結婚,戦争中は夫婦ともに検挙されたり,病気に倒れたり,苦難つづきであった。戦後旺盛な創作活動を再開,《かういふ女》(1946),《地底の歌》(1949),《砂漠の花》(1957),《秘密》(1967)などを残した。…

※「小堀甚二」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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