小山戸村(読み)おやまとむら

日本歴史地名大系 「小山戸村」の解説

小山戸村
おやまとむら

[現在地名]村大字小山戸

藺生いう村の東に位置する。慶長郷帳村高は五三三・七一石。幕府領(代官間宮三郎右衛門)であったが、元和五年(一六一九)津藩(藤堂高虎)領となった。「宗国史」に、戸数四八、人口二三八、祠に都介水分つげみくまり上社、寺に安楽寺神宮寺、馬一〇、牛三とみえる。


小山戸村
こやまどむら

[現在地名]水海道市小山戸町

南流する鬼怒きぬ川の東岸に所在。北東中山なかやま村。古代の鬼怒川は当地付近から東流したともいわれ、集落西端に吹上ふきあげ山とよばれる砂丘がある。戦国期に成立したと推定される覚(宗任神社蔵)に「こやまとのむら 卅貫文 御年貢銭 斗物六十俵」とあり、「寛文朱印留」には古河藩主の叔父土井利房の領地として村名がみえる。安政二年(一八五五)の村書上(草間常四郎文書)では天領と旗本松平左金吾の相給で、「鬼怒川附里方ニ農業ニ相稼内質屋壱軒小商ひ等仕候者有之」などとみえ、戸数四三・人口二二八、馬四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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