朝日日本歴史人物事典 「小山朝郷」の解説
小山朝郷
生年:生年不詳
南北朝時代の武将,下野守護。幼名常犬丸,通称小四郎,初名朝氏。幼くして父秀朝が戦死し,建武4/延元2(1337)年12月に南下した北畠顕家軍に捕らえられたが,同族結城宗広の嘆願で許された。基本的には足利方の守護として活動したが,去就については曖昧な態度に終始し,北畠親房からしきりに南朝方へ誘引されたり,近衛経忠より南朝の分派行動である藤氏一揆計画を持ちかけられたりしている。このような背景には動向の定まらない東国情勢,弟氏政との「兄弟合戦」とも表現される内部対立があったとみられる。<参考文献>『小山市史』通史編Ⅰ
(松本一夫)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報