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小幡英之助 おばた えいのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小幡英之助 おばた-えいのすけ

1850-1909 明治時代の歯科医師。
嘉永(かえい)3年8月生まれ。明治4年横浜にいきアメリカ人歯科医エリオットにまなぶ。8年東京医学校(東大医学部の前身)の歯科試験に合格し,わが国最初の歯科医開業免状を得,東京で開業した。明治42年4月26日死去。60歳。豊前(ぶぜん)中津(大分県)出身。慶応義塾卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版の解説

おばたえいのすけ【小幡英之助】

1850~1909) 歯科医。豊前国中津殿町の生まれ。日本人として洋方歯科医の第一号。歯科医術における器械器具の考案につとめた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小幡英之助
おばたえいのすけ
(1850―1909)

歯科医学者。豊前(ぶぜん)国中津殿町(大分県中津市)に生まれる。長じて上京し、慶応義塾に学ぶ。のちに横浜で診療所を開設していたアメリカ人歯科医エリオットSt. George Eliott(1838―1915?)の門に入り、歯科医学を修めた。1875年(明治8)に東京医学校(東京大学医学部の前身)で歯科試験に合格し、同年10月2日に歯科医術の開業免状を下付された。この免状は医籍第4号であるが、「歯科」専門の嚆矢(こうし)である。東京の京橋に開業し、そのかたわら多くの門下生を教育した。門下生は1890年に歯科研究会を結成したが、これは日本の歯科医学会の始まりである。明治42年、60歳で永眠した。墓は東京都港区の青山墓地にあるが、郷里の中津市公園に1937年(昭和12)胸像が建てられた。[本間邦則]
『今田見信著『小幡英之助先生』(1973・医歯薬出版)』

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