20世紀日本人名事典 「小林秀恒」の解説 小林 秀恒コバヤシ ヒデツネ 昭和期の挿絵画家 生年明治41(1908)年4月17日 没年昭和17(1942)年9月10日 出生地東京市下谷区(現・東京都台東区) 別名筆名=清水 望陽 学歴〔年〕商業学校中退 経歴日本画を池上秀畝に習い、ついで美人画を山川秀峰に師事。雑誌「キング」などに挿絵を描き、菊池寛の「貞操問答」で一躍スターとなった。その後は吉屋信子「男の償い」「妻の場合」「良人の貞操」などでマツゲの長い憂いを含んだ美人を描き評判となった。次いで小島政二郎の「清水次郎長」、久米正雄「白蘭の歌」、獅子文六「沙羅乙女」などの挿絵を担当、岩田専太郎に迫る存在となった。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小林秀恒」の解説 小林秀恒 こばやし-ひでつね 1908-1942 昭和時代前期の挿絵画家。明治41年4月17日生まれ。池上秀畝(しゅうほ),山川秀峰(しゅうほう)に師事。雑誌「キング」掲載の美人画を菊池寛にみとめられ,その新聞小説「貞操問答」の挿絵で有名になった。江戸川乱歩「怪人二十面相」など,少年物も手がけた。昭和17年9月10日死去。35歳。東京出身。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「小林秀恒」の解説 小林 秀恒 (こばやし ひでつね) 生年月日:1908年4月17日昭和時代の挿絵画家1942年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by