コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小島政二郎 こじま まさじろう

美術人名辞典の解説

小島政二郎

作家。慶応大学卒。大正6年『睨み合』を発表して認められる。続いて『一枚看板』『喉の筋肉』等と発表し「赤い鳥」の童話運動に加わり功績を得る。昭和5年頃より通俗小説・大衆小説を発表し『海燕』『新版義士銘々伝』等は好評を博した。著書に『わが古典鑑賞』『眼中の人』『新妻鏡』等がある。平成6年(1994)歿、100才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

百科事典マイペディアの解説

小島政二郎【こじままさじろう】

小説家。東京下谷生れ。慶応大学卒。永井荷風に傾倒し,在学中から鈴木三重吉芥川龍之介らと交わる。1923年《一枚看板》で文壇に認められる。新聞小説,大衆雑誌,婦人雑誌を主な活躍の舞台とした。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小島政二郎 こじま-まさじろう

1894-1994 大正-昭和時代の小説家。
明治27年1月31日生まれ。「三田文学」の編集を手つだい,芥川竜之介,菊池寛らと交流する。大正12年「一枚看板」でみとめられ,昭和10年の「人妻椿」などの通俗小説で人気をえた。ほかに大正文壇の回想録「眼中の人」,「わが古典鑑賞」,評伝「円朝」など,幅ひろい領域の著作がある。平成6年3月24日死去。100歳。東京出身。慶大卒。
【格言など】長寿は天からの授かりもの。私なんか体に悪いことばかりしてきたのに(米寿をむかえて)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

こじままさじろう【小島政二郎】

1894~1994) 小説家。東京生まれ。慶大卒。下町の美や芸道の世界を描く小説や、文壇交友録、随筆、古典鑑賞など多岐に活躍。「一枚看板」「円朝」「眼中の人」、随筆集「場末風流」など。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小島政二郎
こじままさじろう

[生]1894.1.31. 東京
[没]1994.3.24. 横浜
小説家。永井荷風に傾倒し,慶應義塾大学文科に学んだ。また卒業 (1918) の前後から芥川龍之介に師事,『赤い鳥』や『三田文学』の編集にも協力した。講釈師の神田伯龍をモデルにした『一枚看板』 (23) で認められたのち,『緑の騎士』 (27) など新聞小説に新生面を開き,人妻の恋愛を描いた『海燕』 (32) をはじめ,『花咲く樹』 (34) ,『三百六十五夜』 (55) など,やや通俗なロマンを多作。芥川を回想した小説『眼中の人』 (42) ,旧知の作家について語る『鴎外 荷風 万太郎』 (65) などもある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小島政二郎
こじままさじろう
(1894―1994)

小説家、随筆家。東京下谷(したや)の生まれ。慶応義塾大学文科卒業。1919年(大正8)から31年(昭和6)まで母校で国文学と作文を講じた。一方、教師生活のかたわら鈴木三重吉の『赤い鳥』編集を手伝い、芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)のもとに出入りし、創作に筆を染める。24年最初の創作集『含羞(がんしゅう)』を刊行、注目された。また、『三田文学』に連載した『大鏡鑑賞』(1927)では、古典の鑑賞に新分野を開き、のち『わが古典鑑賞』(1941)という名著を生む。さらに、長編『緑の騎士』(1927)を契機とし通俗小説の分野に進出、『人妻椿(ひとづまつばき)』(1935~37)などこの面でも活躍した。ほかに『眼中の人』(1942)、『芥川龍之介』(1977)をはじめとする文壇に取材した小説がある。[関口安義]
『『小島政二郎全集』9冊(1967~70・鶴書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

小島政二郎の関連キーワード三遊亭 円朝(初代)神田 伯龍(5代目)ざっかけない沢木 四方吉橋本 國彦1月31日鷲巣 繁男小林 秀恒寺本 忠雄志村立美小説家人妻椿場末芸道円朝

小島政二郎の関連情報