小田野城跡(読み)おだのじようあと

日本歴史地名大系 「小田野城跡」の解説

小田野城跡
おだのじようあと

[現在地名]牧丘町西保下

小田野山は城(じよう)山ともよばれ、標高八八三メートル、急峻な山容を呈しており、麓の城下(じようか)集落からの比高は約二八〇メートル。「甲斐国志」などでは平安時代末から鎌倉時代初期の安田義定の要害と伝えるが、跡部景家の詰城の可能性が高い。「王代記」に「跡部上野守西保(かひのにしふ)小田野ノ城ニテ腹切」とあり、寛正六年(一四六五)の武田信昌との夕狩沢(ゆうかりざわ)(現山梨市)での戦いで敗走した景家が当地で自刃している。遺構は山頂の主郭を中心に、北・東・南の三方の尾根上にある。各郭の平坦地の周囲には幅の狭い小規模な帯郭が多用され、尾根上には堀切がみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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