小矢田城跡(読み)おやたじようあと

日本歴史地名大系 「小矢田城跡」の解説

小矢田城跡
おやたじようあと

[現在地名]勝央町小矢田

小矢田集落の西にある中世の山城。遺構は不明。南北朝時代、赤松氏の一族戸倉政祐が勝田(かつまだ)庄の地頭になり、延元四年(一三三九)入城し戸倉(とくら)城と称したという(美作古城史)。康安元年(一三六一)山名氏の美作攻撃を当城で食止めたが、これは城内神社地の大杉の加護であるとして、同社を杉大明神と改称、鎮守神にした(「杉神社由緒沿革」美作国神社資料)。戸倉氏は、嘉吉元年(一四四一)反乱を起こした赤松氏を討ちにきた山名氏に降伏、岡(おか)村に幽閉された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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