小笠原午橋(読み)おがさわら ごきょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小笠原午橋」の解説

小笠原午橋 おがさわら-ごきょう

1822-1881 幕末-明治時代の儒者
文政5年生まれ。陸奥(むつ)会津藩(福島県)藩士昌平黌(しょうへいこう)にまなび,藩校日新館の教授となる。戊辰(ぼしん)戦争では会津防衛にあたり,落城後は諸交渉の文書をつくる。明治3年東京府の学職につき,のち開拓使につとめた。明治14年8月14日死去。60歳。本姓は長坂。名は勝修。字(あざな)は勝之。通称は常次郎。著作に「愛国偉績」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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