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小野善兵衛 おの ぜんべえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小野善兵衛 おの-ぜんべえ

1782-1862* 江戸時代後期の商人。
天明2年1月生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)月夜野村のたばこ・繭仲買人。品質をたもつ梱包(こんぽう)法を考案して特産の沼田煙草(たばこ)の販路を拡大。また私財を投じて利根川,赤谷川に水難防止の石堤をきずく。天保(てんぽう)の大飢饉(ききん)では窮民救済につくした。文久元年12月10日死去。80歳。幼名は乙吉,のち要助。名は篤忠。

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朝日日本歴史人物事典の解説

小野善兵衛

生年:生没年不詳
江戸後期の沼田藩(群馬県)の豪農商で慈善家。利根郡月夜野町生まれ。先代善兵衛の3男。幼名乙吉,長じて要助,字は篤忠,俳号左山。特産の沼田煙草を江戸へ出荷する荷主として活躍,回送中の変質防止のため俵装法を考案。繭商人としても成功した。また利根川,赤谷川筋に水難防止の石堤を築き,架橋,道路開設,利根川通船にも貢献した。さらに天保飢饉に際しては私財をもって近隣27カ村の窮民を救済し,沼田藩から藩士待遇,16人扶持を与えられ,御用達頭取に任ぜられた。<参考文献>『利根郡誌』,『上野人物誌』(復刻,1973)

(井上定幸)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小野善兵衛
おのぜんべえ
(1782―1861)

江戸後期の在方豪商。上野(こうずけ)国利根(とね)郡月夜野(つきよの)(群馬県みなかみ町)生まれ。幼名乙吉、のち要助、諱(いみな)は篤忠、襲名して善兵衛と称した。先代からの農商を継いで家産をおこし、とくに近郷の特産品である沼田煙草(たばこ)の集荷販売を扱い、俵装にくふうを加えて江戸市中にその声価を高めた。そのほか雑穀類、繭なども手広く扱い、沼田藩御用達頭取(とうどり)に任ぜられ、十六人扶持(ぶち)を与えられた。居村の築堤、架橋に私費を投じ、利根川通船にも貢献、さらに天保(てんぽう)の飢饉(ききん)の救済など郷党のために尽くした。[山田武麿]

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