小野豆村(読み)おのずむら

日本歴史地名大系 「小野豆村」の解説

小野豆村
おのずむら

[現在地名]上郡町小野豆

奥(おく)村の東に位置し、高田(たかた)川源流域の山間の村。集落は山上にあり平家落人居住と伝える。江戸時代の領主の変遷は元禄一四年(一七〇一)までは上郡村に、同年以降は小皆坂(こかいざか)村に同じ。慶長一四年(一六〇九)の小野豆村検地帳(小野豆自治会文書)によれば、田方二町八反余・畠屋敷三町二反余。正保郷帳では田高四六石余・畠高三一石余。宝暦一二年(一七六二)の村明細帳(庄家文書)によれば高七七石余・反別六町余、家数二二・人数一三四(うち僧二)、牛五。小物成は持林役銀六六匁余、請山運上銀三〇目、猟師鉄砲三挺分の銀一一匁余、ほかに草米・山手米を上納。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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