小関越
こぜきごえ
園城寺観音堂の南より長等山南側の鞍部を越えて藤尾奥町に抜け、京都市山科区に至る道。南を走る逢坂越を大関というのに対して小関という。逢坂越の間道としての役割を果したが、古関をもって語源とするのは俗説であろう。「輿地志略」には「三井寺の山下、新日吉新宮権現の社前より三別所の北へ入りて、山城国山科郷藪の下といふ処へ出づる路也、官路にはあらず、少しばかりの坂あり、峯あり、(中略)藪の下へ大津より一里半余有り、藪の下より京に至つて一里あり、東海道の官路より少し近く、藪の下にて東海道の官路に合す、此小関路は多くは樵夫蒭蕘の路にして静也」とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
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