尻労村(読み)しつかりむら

日本歴史地名大系 「尻労村」の解説

尻労村
しつかりむら

[現在地名]東通村尻労

下北半島の東北端、クキドウノ崎の南に位置し、太平洋に面する。桑畑くわはた(四〇〇メートル)の南麓にあたり、集落南方から海岸沿いに砂丘が延びる。北は尻屋しりや村、北西岩屋いわや村、南は猿ヶ森さるがもり村と接する。康正年間(一四五五―五七)の蠣崎の乱の頃は「七戻り浜」と称したというが(東北太平記)委細をつまびらかにしない。下北地方では尻屋とともに九戸政実領地であったともいう(内史略)

雑書の寛永二一年(一六四四)四月二六日条に「一同所(田名部之内)尻労」とあり、浦番改が派遣されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む