尻岸内町(読み)しりきしないちよう

日本歴史地名大系 「尻岸内町」の解説

尻岸内町
しりきしないちよう

昭和三九年(一九六四)一一月一日から同六〇年恵山町と改称するまでの町。昭和四〇年恵山高原ホテルが落成、恵山を中心に国民保養温泉地区の一部に指定された。同四一年南茅部(みなみかやべ)町の滝の沢(たきのさわ)トンネルが開通し、椴法華(とどほつけ)村銚子(ちようし)岬を経て尻岸内町―戸井(とい)村―函館市に至る東海岸道道周遊の定期バス運行が実現した(道道は同四五年国道二七八号、通称恵山国道に昇格)。海岸道路の開通は「観光恵山」の新時代の扉を開いた。村を支えてきた漁業・鉱業・農林業は徐々に変貌し、恵山(六一八・一メートル)と温泉を中心に公・私の企画が策定されるようになる。同四三年尻岸内町郷土博物館(現恵山町郷土博物館)が開館。同四五年の国勢調査では世帯数一千七八九・人口九千八三と人口は一万人を割る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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