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山名豊国 やまな とよくに

美術人名辞典の解説

山名豊国

安土桃山時代の武将。豊定の三男。初名は元豊。入道して後は禅高と号した。従五位下中務大輔に叙任し、因幡の守護となった。豊臣秀吉に降して仕えた後、徳川家康に仕え、関ヶ原の戦に従軍した。和歌・連歌・将棋を能くし、茶湯造詣も深かった。寛永3年(1626)歿、79才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山名豊国 やまな-とよくに

1548-1626 織豊-江戸時代前期の武将。
天文(てんぶん)17年生まれ。兄山名豊数が家臣にうばわれた因幡(いなば)鳥取城をとりもどし,因幡守護となる。天正(てんしょう)8年豊臣秀吉に降伏し御伽(おとぎ)衆となり,秀吉没後は徳川家康・秀忠につかえた。和歌,茶の湯などにも造詣(ぞうけい)がふかかった。寛永3年10月7日死去。79歳。初名は元豊。法名は禅高。

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世界大百科事典内の山名豊国の言及

【山名氏】より

…南北朝・室町時代の守護大名(図)。室町幕府の四職(ししき)家の一つ。上野国山名郷を名字の地とする新田氏一族(義重の子義範が祖)であるが,元弘の乱で山名政氏,山名時氏父子は足利高氏(尊氏)に従い活躍する。1337年(延元2∥建武4)には時氏が伯耆の守護職に補任され,名和氏ら南朝勢力を一掃する。観応の擾乱(かんのうのじようらん)期には時氏は直義(ただよし)党に属して分国伯耆に拠り,足利直義の養子直冬(ただふゆ)を盟主とし,文和年間(1352‐56)には2度にわたって南朝軍として京都に攻め込み,一時占領する。…

※「山名豊国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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