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山崎美成 やまざき よししげ

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美術人名辞典の解説

山崎美成

江戸時代後期の薬商・随筆家。小山田与清門下。「耽奇漫録」著あり。安政3年(1856)歿、61才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山崎美成 やまざき-よししげ

1796-1856 江戸時代後期の随筆家。
寛政8年生まれ。江戸の薬種商。小山田与清(ともきよ)の門人となり,家業をかえりみなかったため零落したという。屋代弘賢(やしろ-ひろかた),滝沢馬琴らと耽奇(たんき)会をおこし,「耽奇漫録」「兎園(とえん)小説」をあらわした。安政3年7月20日死去。61歳。江戸出身。字(あざな)は久卿。通称は新兵衛,久作。号は北峰,好問堂。著作はほかに「三養雑記」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山崎美成

没年:安政3.7.20(1856.8.20)
生年:寛政8(1796)
江戸後期の随筆作家,雑学者。名は美成,字は久卿,通称新兵衛のち久作。号は好問堂,北峰。江戸下谷長者町の薬種商,長崎屋の子。家業を継いだが,学問に没頭し,破産。江戸派国学の小山田与清に従学。文政3(1820)年から随筆『海録』(20巻,1837年成)に着手したが,その間,文政,天保期は主として曲亭馬琴柳亭種彦,あるいは屋代弘賢や中村仏庵ら考証収集家と交わって,当時流行の江戸風俗考証にかかわった。史料展観合評会「耽奇会」や「兎園会」の肝煎を勤め,江戸市井では一目おかれた雑学者であった。しかし生計のため,晩年ほど営利目的のいわば企画もの編著が増え,精巧さに欠ける。『金杉日記』や随筆『三養雑記』『提醒紀談』は好著。

(ロバート・キャンベル)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の山崎美成の言及

【雲萍雑志】より

…淇園は郡山藩の重臣であって,その20巻余の自筆本を,大坂の木村蒹葭堂(けんかどう)が1796年(寛政8)に入手し,これを桃花園中山某が校訂し《雲萍雑志》と題し,江戸の書肆が請いもとめて刊行したもの。しかし,作者については桃花園や出版に関係した山崎美成などが淇園に仮託した偽作である,という説もある。平明な和漢混交文をもって記され,著者が日ごろ見聞した志士仁人の言行を,儒教的態度をもって批判的に録している。…

【兎園小説】より

…1825年(文政8)成立。同年,滝沢解,山崎美成を主導者として,屋代弘賢,関思亮,西原好和ら計12名の好事家によって,江戸の巷説奇聞,諸国の奇談珍説を持ち寄る〈兎園会〉と称する寄合いが持たれた。その全記録総計300話に近い奇談が,提供者の名をいちいち記して書きとめられている。…

※「山崎美成」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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