山村勉斎(読み)やまむら べんさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山村勉斎」の解説

山村勉斎 やまむら-べんさい

1836-1907 幕末-明治時代の儒者
天保(てんぽう)7年8月28日生まれ。江戸大沼枕山(ちんざん),塩谷宕陰(しおのや-とういん)にまなび,帰郷して出雲(いずも)(島根県)広瀬藩の藩校漢学所教授となる。明治7年修文館を創立し,のち島根師範講師をつとめた。明治40年4月30日死去。72歳。名は良行。字(あざな)は聞伯。通称は十郎。別号半城。著作に「四書五経磨鏡録」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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