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大沼枕山 おおぬま ちんざん

美術人名辞典の解説

大沼枕山

幕末・明治漢詩人。江戸生。幕臣大沼竹渓の子。名は厚、字は子寿、通称は捨吉、別号台嶺。幼少より尾張で叔父鷲津松隠に学び、江戸に出て、大窪詩仏・菊池五山らに認められ、名を高めた。明治24年(1891)歿、73才。

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デジタル大辞泉の解説

おおぬま‐ちんざん〔おほぬま‐〕【大沼枕山】

[1818~1891]江戸末期から明治初期の漢詩人。江戸の人。名は厚、字(あざな)は子寿。詩塾「下谷吟社」を開き、江戸詩壇の中心として活躍。著「枕山詩鈔」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大沼枕山 おおぬま-ちんざん

1818-1891 江戸後期-明治時代の漢詩人。
文化15年3月19日生まれ。幕臣大沼竹渓の子。10歳で父と死別,尾張(おわり)(愛知県)の叔父鷲津(わしづ)松隠にやしなわれる。のち江戸で梁川星巌(やながわ-せいがん)の玉池(ぎょくち)吟社に参加。嘉永(かえい)2年下谷(したや)吟社をひらき,明治にかけての漢詩壇の中心となった。明治24年10月1日死去。74歳。名は厚。字(あざな)は子寿。通称は捨吉。別号に台嶺。著作に「房山集」「江戸名勝詩」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大沼枕山

没年:明治24.11.1(1891)
生年:文政1.3.19(1818.4.24)
幕末維新期の漢詩人。名は厚,字は子寿,通称は捨吉,枕山は号。江戸幕府西丸附御広敷添番衆で漢詩人としても知られた大沼竹渓の子。江戸下谷の生まれ。10歳で父と死別後,尾張丹羽村の叔父鷲津松隠のもとに身を寄せ,松隠の子の益斎の家塾有隣舎で漢学を学んだ。18歳の天保6(1835)年江戸に戻り,大窪詩仏,菊池五山など江戸詩壇の大家たちの知遇を得,特に当時の江戸詩壇の中心であった梁川星巌の玉池吟社に出入りして遠山雲如,小野湖山,鱸松塘などと交遊,漢詩人としての地位を築いた。嘉永2(1849)年に開いた下谷吟社は,星巌が上洛のため玉池吟社を閉じて以後の江戸詩壇の中核的な詩社となり,明治になっても存続した。しかし時代の喧騒に背を向け江戸の遺民としての姿勢を取り続けた枕山自身の生き方もあって,次第に振るわなくなり,明治の新体制に食い込んだ森春濤の茉莉吟社に圧倒された。枕山の詩は唐,宋,元,明,清の詩風を広く取り入れたものであったが,特に陸游を中心とする南宋の詩人たちの作風に近い抒情的な詩風で,詠物詩を得意とした。詩集に『房山集』『枕山詩鈔』などがあり,下谷吟社の総集に『下谷吟社詩』がある。また明治2(1869)年刊の『東京詞』は明治新政府の時事を諷刺したため,弾正台の糺問を受けたという。<参考文献>永井荷風「下谷叢話」(『荷風全集』15巻)

(揖斐高)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおぬまちんざん【大沼枕山】

1818‐91(文政1‐明治24)
幕末・明治前期の漢詩人。江戸下谷の人。名は厚,通称捨吉,枕山は号。父竹渓の死後,尾張の鷲津益斎の下におもむき,家塾有隣舎で学び,森春濤(しゆんとう)と同門であった。1849年(嘉永2)以後,下谷御徒町に居を定め,下谷吟社を興した。維新後,下谷吟社は岡本黄石の麴坊吟社,鈴木松塘の七曲吟社を圧して栄えた。この間,人々が権勢にこび名利に奔走することをにくみ,時勢の外に生き貧困に甘んじ,終生髷(まげ)を残して旧幕府の逸民をもって任じた。

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大辞林 第三版の解説

おおぬまちんざん【大沼枕山】

1818~1891) 幕末・明治期の漢詩人。江戸の人。名は厚、字あざなは子寿。若くして詩才をあらわし、詩塾下谷吟社を開く。時勢から離れ、詩文の世界に生きた。著「枕山詩鈔」「江戸名勝詩」ほか。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大沼枕山
おおぬまちんざん

[生]文政1(1818).3.19. 尾張
[没]1891.10.1. 東京
江戸時代後期~明治の漢詩人。名,厚。字,子寿。初め郷里の鷲津益斎に学んだのち,江戸の菊池五山の門に遊び,詩名天下に高かった。梁川星巌 (やながわせいがん) が玉池吟社を閉じたあと,下谷吟社を設けて宋詩を鼓吹し,当時の俊秀がそのもとに集って詩壇に君臨した。宋の陸游 (りくゆう) の詩風を宗とし,特に詠物 (えいぶつ) にすぐれている。主著『枕山詩鈔』 (1859) ,『江戸名勝詩』『歴代詠史百律』など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大沼枕山
おおぬまちんざん
(1818―1891)

幕末から明治初期に活躍した漢詩人。江戸・下谷(したや)の生まれ。名は厚、字(あざな)は子寿。漢詩人でもあった父を早く失い、尾張(おわり)国(愛知県)の叔父鷲津益斎(わしづえきさい)に学んだ。森春濤(しゅんとう)とも出会い、17歳で江戸に戻ったのち、持ち前の詩才を発揮、1840年(天保11)には『枕山詠物詩』を刊行。下谷御徒町(おかちまち)に詩塾下谷吟社を開き、多くの門弟を出したが、枕山自身は幕末維新の激動のなかで、時勢に距離を置きつつ詩文の世界に遊んだ。『枕山詩鈔(しょう)』全9冊(1859~67)など多数の著作を残す。益斎の子鷲津毅堂(きどう)を母方の祖父にもつ永井荷風は、『下谷叢話(そうわ)』で枕山の事蹟(じせき)を追いつつ、そのひととなりを愛惜込めて描いている。[中島国彦]
『『明治文学全集62 明治漢詩文集』(1983・筑摩書房)』

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